7世紀中頃に造営された一辺13mの方墳で、横穴式石室を内部主体としている。造営の技法、副葬品の内容から、高貴な身分の人物のために造られたと考えられる。その人物は、658年中大兄皇子により謀叛の罪に問われ、海南藤白坂で処刑された悲劇の皇子有間皇子ではないかといわれている。